お葬式

お葬式

父が亡くなったのは日本時間の1月22日の午前2時ちょっと前でした。

ワタクシ、21日にブリュッセルで父の訃報を受けたのでワタクシ的には父は21日に亡くなった感じではあるものの、亡くなった場所は日本なんでやっぱりオフィシャルには1月22日なんですね。あれから既に3週間以上経ったなんて、なんだかあっという間に過ぎちゃったって感じです。
ワタクシが実家に到着したのは24日の夜10時過ぎだったんですが、里帰りのお約束の大掃除は今回はしなくても良いだろうと思ってたら案の定実家は超汚くなっておりまして、結局時差ボケも手伝って朝の5時までそこらじゅうを掃除したワタクシです(汗)。しかしお母さん、どうしてお米が床にばらまかれてるかな〜。ゴミは相変わらず床に散乱してるし、ホコリまみれだし、使った食器は洗ったまんま片付けてなくててんこ盛り、しかもきれいに洗ってないのおまけ付き。これらをぜ〜んぶきれいにしてやっと寝たものの、朝の7時半に母が起こしに来て睡眠時間2時間半で午前中は葬儀屋さんとミーティング突入(泣)。相談の結果実家に納棺した父を連れて帰ってもらい、実家でお葬式をすることに。そうなると棺を仏間まで運ぶのに庭から行くしかないということで、今度は雑草でボーボーの庭の掃除。1年半前はSeanと二人で真夏のクソ暑い中汗だくになってでっかいゴミ袋7袋分を掃除したんですが、今回は一人。まあ夏のときはSeanは早々にギブアップしたんでほぼほぼワタクシ一人でやったようなもんだったんで、今回だってどうせ一人よと挑んでみたら、夏は青々としててあんなに引っこ抜くのが大変だった雑草が冬ですっかり枯れておりましてスルスル抜けるんですわ。それでもなんだかんだで1日半かけて庭木も切ったりしてまたまたでっかいゴミ袋8袋作りました。いや〜きれいになったわ。27日の午前中に下見に来た葬儀屋さんが「わ〜随分きれいになりましたね〜」と感心するくらいスッキリなって、おかげさまで父の棺はちゃんと庭から入ることが出来たのであった。いや良かった。
葬儀が始まる前にTさんがとんぼ返りだったけどお参りに来てくれまして、おまけにお昼ごはんの差し入れをしてくれました


料亭つたものお弁当。
いや〜これがありがたくて。しかもお上品で美味しかった。ありがとう、Tさん💕
お葬式には父のすぐ上の姉の二人の息子たち(つまりワタクシのいとこ)が参列してくれました。最初は来れないかもということだったんでこりゃ母とワタクシの二人だけかしらと思ってたら最終的には4人で、父も寂しくなくて良かったなと。伯母のお世話をしている上のいとこの話では、父が亡くなってついに伯母一人だけになってしまったので(父は5人兄弟姉妹の唯一の男子)がっくりするといけないので内緒にして来たそうな。
葬儀の様子は途中からブリュッセルの男子2名にWhatsAppsのビデオでライブ中継しました。最後にSeanが父にメッセージを読んだ後、花を棺の中に入れてあげたり、写真を入れたりして棺を整えて葬儀は終了。
その後は火葬場に直行ということで、伯母を一人で置いてきた上のいとこはここまで。下のいとこが同行してくれたので車で行くことが出来てちょっと安心いたしました。どうしてかって言うと、ワタクシ隔離中で公共交通機関を使わないということが条件でお葬式に参列しても良いということになってたんで、タクシーを使うわけにはいかなかったものの、こんなところじゃハイヤー使うなんていう感覚がないんでタクシー会社に問い合わせたら、ハイヤーとタクシーとどう違うの?と逆に質問されちゃったり、どうしようかな〜と悩んでたところだったんで、いとこのお陰で本当に助かりました。
実は、この火葬場に行くのは20何年ぶり。当時の祖母の葬儀ではかなり派手派手しく葬儀をしたので、参列者もとってもにぎやかだったんですが、火葬場はワタクシの記憶では結構こぢんまりしてたような気がしないでもない。でも霊柩車に続いて到着してみればなにやらSF映画にでも出てきそうなモダンな建物で、あの日本家屋のような掘っ立て小屋っぽいようなあの建物がこんなすんばらしい建物になっちゃって、時代の流れをヒシヒシと感じてしまったワタクシです。
葬儀が午後から始まったんで、どうやらワタクシたちが最後だったみたいで、余計にひっそりとした感じが更に寂しさを盛り上げると言うか。ガシ〜っとメタルの台に乗せられた父の棺を前にお経をあげていただいて、父と最後のお別れをいたしました。ワタクシの隣で母が「触りたい」とか「さようなら、さようなら」とさめざめと泣く母をなだめてたんで「お父さん、さようなら・・・」としか言えなくてぐっとこらえておりましたが、流石に分厚いドアのむこうに棺が消えていくのを見送るときはちょっとつらかったですね・・・。
それにしても近代的に整備されてて昔とは大違いの火葬場に圧倒されましたが、かかる時間は大体2時間〜3時間の間でそれは変わらず。大体2時間を過ぎたところでお呼びがかかったんで、火葬されてほやほやの父とご対面。こうなっちゃうともうなんというかあきらめというか、あ〜あ・・・という感じですかね・・・。この日本の火葬の技術というか、このデリケートな焼き具合というか、つくづくすばらしいよのうと感心。欧米だとサラッサラのパウダー状態になるまですっかり焼いちゃって風情も何もないんで、この感覚は向こうの人たちには分からないだろうな〜と。
しかし、こちらの火葬場の担当の方はまるでアナトミーの先生みたいに部位を一つずつ足の方から説明しながらお盆みたいなのに時にコンコンと割ったりして取り分けて行ってくださるんですが、もうここはふ〜んとかへえ〜と聞き入っておりました。一応量なんかをチェックしながら取り分けてくださるんですが、ちょっと足りなさそうだったんで「もう少し増やしますか?お好みの場所がありましたらどうぞ」なんて、なんだかお菓子を切り分けてるみたいな感じでちょっと可笑しかったざんす。骨上げは主に母と二人でしましたが、ここにSeanがいたらいつもワタクシが話をしてるお箸のマナーについて実践できたよな〜とうっすら考えたり(笑)。
今回Tさんから彼女の伯母様が亡くなった時に遺骨をシルバーのボトルに入れたペンダントにしてもらったという話を聞いて、遺骨を何らかの形でブリュッセルに持ち帰りたかったので、分骨をさせていただけませんかと聞いてみたところ、快く受けていただけたので持参した実家にあった小さなガラスボトルと箱に入れていただきました。入れ物が小さいので主に指の部分を分けていただきました。父の骨は真っ白できれいでした。これでブリュッセルでもいつも父と一緒にいられるなとちょっとうれしくなりましたね。樹木希林さんの火葬の時に内田裕也さんがあごの骨をそっと持って行ったっていう気持ちが分かったような気がする。

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